ガラタ橋今昔

September 5, 2004

 そもそも旧ガラタ橋の老朽化が進んでいたため、私が現地に赴任した90年の夏頃には既に新ガラタ橋は姿を現わしていましたが、供用はまだ先の話とされていました。ところが、ある日旧ガラタ橋で火災が発生し、通行が不可能になってしまったのです。火元は某サバフライ屋とか何とか取り沙汰され、新しい橋の供用を早めるための放火だろうとか当時の新聞は書き立てましたが、真相は不明だったと思います。とにもかくにも旧橋が使えないのでは交通がマヒしてしまいます。(実際にアタチュルク橋のみしか通れず随分不便な目に会いました)そこで、当局は新しい橋の供用を急ぎましたが、ここでまたまた事件が起こります。

なんと、ある日の未明、カラキョイの港に係留されていたフェリーの一隻が火災を起こし、岸壁を離れ、新しい橋に衝突してしまったのです!幸い、橋自体はさほどの被害を受けず、(とはいえ、真ん中のあたりの欄干がへこんでいましたが、)とりあえずは橋の内湾側のみを車用に使い(片側1車線の対面通行)、残りの大部分を歩行者用に使うという変則的な方法で供用が始まりました。(資料:当時のデミレル首相とイニョニュ副首相による開通式を告げるビラ)そして、へこんだ部分の修理が数ヵ月後に終わると、ようやく片側2車線の供用が始まったのでした。とはいえ、(特に旧市街側の)道路整備が間に合わず、93年の夏に至るまで新市街から橋を渡った車は全て一旦右折して、商工会議所辺りでUターンしてリュステム・パシャ・ジャミーの方から来る交通やエユップ方面から来る交通と合流しつつ旧市街に向かわざるを得なかったため、とんでもない渋滞が生じました。(現在は新橋の旧市街側のたもとで立体交差が実現しているためかなり渋滞が緩和されているそうです。)

 ところで、金角湾にはトルコ海軍の北部方面本部が存在することから、結構大きな艦船の出入りがあります。そこでガラタ橋は可動橋になっているのをご存じでしたか?旧橋は真ん中あたりの3分の1ぐらいが蝶番(!)で内湾側に折れ曲がるように出来ていて、夜中に船で引っぱって大型艦船の通航のために水路を空けていました。元々、旧橋は浮橋であったために、このような移動が簡単に行えたのです。これに対し新橋はいわゆる跳ね橋になっていて、ロンドンのタワーブリッジみたいに真ん中が持ち上がるようになっています。新橋は建造当初(まだ車が通行できなかった頃)は船の往来の邪魔にならないように常時はね上げられた状態になっていたものです。

 新橋の供用が開始された後、旧橋は4つか5つ位に分割され、金角湾の奥のほうに(焼け焦げたまま)放置されていました。ところが、最近私が聞いたところでは、再び繋ぎあわされて(新ガラタ橋、アタチュルク橋に続く)第3の橋として復活したというのです!恐らく新市街側のキャウットハネ辺りから旧市街側のエユップ辺りを結んでいるのではないかと思いますが、詳しいことはまだ判りません。是非この目で見てみたいものです。

Go back to Istanbul Freaks Page